サムエル上2:1−10/ローマ1:1−7/ルカ1:39−56/詩編113:1−9
「家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」(マタイ2:11)
ヘロデという人物のことを少し調べて見ると、王であることの深刻さがよくわかります。特にユダヤのような小さい国、しかし交通の要衝にあり、常に大国の狭間にあって政情的に不安定要素をたくさん抱えている国を治めるについて、それがどれほど大変であったことかと思います。しかしヘロデという王は、それを切り抜ける才能が充分にあったとは言えません。むしろ政敵を陥れ、暗殺や処刑を続け、一方でローマの権力者には巧みに取り入って権力を保とうと必至になってきた人物でした。ローマ皇帝アウグストゥス、ユリウス=オクタヴィアヌスにももちろん取り入って、ローマ皇帝の後ろ盾を得てユダヤの王であることを保っていました。結局、ヘロデが心から信頼した人は一人もいなかったのだと思います。自分の家族、妻や息子でさえ、猜疑心のために処刑してしまう人だったのです。特に、後継者であるべきだった息子アンティパトロスを、自分も病気に犯され、死ぬ5日前に最後の力をふりしぼって処刑を命令する話など、鬼気迫るものがあります。しかし、病には勝てず、結局紀元前4年にヘロデは没します。
今日お読みしたマタイ福音書に出てくるヘロデ王は、まさにこの王でした。イエスが生まれたのが正確に紀元1年だったかどうかは疑わしいのですが、しかしおそらくヘロデ王の晩年に生まれただろうことは想像出来ます。その頃のヘロデ王はまさに猜疑心の塊のような王でした。その王のもとに「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」(2:2)という報告がもたらされたのです。これがどういう効果を発揮したか、聖書は冷酷な出来事を伝えています。ヘロデは問題の「ユダヤ人の王」がベツヘレムに生まれたことをつきとめ、ベツヘレム周辺の2歳以下の男の子を皆殺しにしてしまったのでした(2:16以下)。
さらに3節の後半の部分には「エルサレムの人々も皆、同様であった。」と書かれています。今まで見て来たように、ヘロデはおそらく王としては最低の部類に入る人だったと思われますが、それだけでなく、自分を王に取り立ててくれるアウグストゥスのためにエルサレムに「アウグストゥス神殿」を建立したりもしました。これなどはユダヤの律法を逸脱する暴挙だったわけです。そのため、最晩年にはヘロデに対する内部の反乱が起りました。何とか鎮圧したものの、その反乱は民衆からも支持されていたのです。つまり、ヘロデの王政についてはユダヤ人の間からも批判があったということを歴史は表しているのです。ところが、「ユダヤ人の王が生まれた」という情報が伝えられるときに、それは即ちヘロデ王の時代が終わるかも知れないということを意味する情報でもあったわけです。もちろん、イエスその人は決してヘロデに取って代わる王にはならなかったわけですけれども。しかし、少なくともヘロデの圧制に辟易していた人たち、特にその膝元でヘロデという人物の実像をいやというほど味あわされていたエルサレムの人たちが、ヘロデ王と一緒になって不安を抱いたと聖書は記しているのです。これは不思議な言葉です。
つまりこういうことではないでしょうか。エルサレムの人たちはヘロデという王に対しては反発し嫌っていたとしても、だからといってその治政下でのエルサレムでの地位と繁栄が覆されることには決して同意出来ないでいたということ、ヘロデ王は嫌いでも、エルサレムでの「わたし」の生活が壊れることもまたいやだ、ということだったのではないでしょうか。そのように考えてくると、これは決して2000年前のおかしな人たちの物語ではなくなってしまいます。
わたしたちもまた不安なのです。どんなに根も葉もなくても、一端生じてしまった不安は簡単には払拭出来ません。「備えあれば憂いなし」などと政治家も口にします。しかし不思議なことに人間はどうやら、備えれば備えるほど不安になる生きもののようです。わたしたちの社会は間違いなくこれからますます不安が増幅する時代になるでしょう。ヘロデの時代のエルサレムの人たちとなんらかわりありません。増大する不安がわたしたちをますます内向きにします。何に対しても、「自分のことだけで精一杯」という感覚が先ず真っ先に生じる。もっともっと備えておこう、できるかぎり積み増してゆこうと、その手をどんどんきつくきつく握りしめようとしています。
「家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」(2:11)。幼稚園のページェントでは博士たちが持ってきた宝物を恭しく幼子イエスの寝ている飼い葉桶の前に捧げる姿が、一つのクライマックスになっています。そしてわたしたちも自分を捧げようと呼びかけられる。良いシーンです。
その良いシーンに水を差してしまうかも知れませんが、博士たちが差し出した「黄金、乳香、没薬」は旅に出る時に準備しておいた特別な捧げものではなく、占星術──あるいは魔術──を行う際の彼らの仕事道具だったのではないかという見方があります。つまり彼らは飼い葉桶に寝ている幼子を見た途端、自分のこれまでとこれからを支え続けるはずだった彼らのありったけの商売道具を全部、幼子の前に差し出してしまったのではないか、と。自分の生活のための「備え」、自分の全てを、幼子に出会った途端に捨てた。捨てることが出来た。備えを捨てることで憂いも棄て去った。そうやって東方の学者たちは、別の道を帰って行きました。象徴的な言葉です。わたしたちにも「別の道」が用意されている。不安が煽られる時代に、信じる道を見出して生きることは、本当にわたしたちを自由にするのだと、わたしたちは確信できるでしょうか。
祈ります。
すべての者を愛し、導いてくださる神さま。不安の募る中にあって、全てのことが内向きにならざるを得ないことを自ら正当化するわたしたちに、東方の博士たちの行動はおおきな気づきを与えます。あなたが与えてくださる「別の道」を信じ、今度こそ本当の自由へと歩みを進めてゆくことが出来ますように。飼い葉桶にねむる復活の主イエス・キリストの御名によって、まことの神さまにこの祈りを捧げます。アーメン。


